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第37話 勇者と魔王

last update publish date: 2026-10-20 21:04:38

第37話 勇者と魔王

 夜が明ける少し前、山の冷気は昨日よりも強くなっていた。

 簡易野営地では、まだ空が青くなる前から人が動き始めている。焚き火は目立つため最小限に抑えられ、温めた水を金属製のカップへ分ける程度しかできなかった。蓮は固い保存パンを口へ押し込みながら、何度目になるか分からない地図を見ていた。

 北側坑道。

 医療保管区画。

 父と母がいる場所。

 その外側には、美咲を名乗る短い信号が出た地点もある。

 昨日までは、それらを見るだけで身体が先に動きそうになっていた。

 今朝は違った。

 早く行きたい気持ちは何も変わっていない。それでも、地図を確認し、食事を取り、魔力を整え、剣の状態を確かめることができている。

「ずいぶん大人しくなったな」

 すぐ隣で同じように保存食を食べていた冬真が言った。

 蓮

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    第38話 美咲、生存『七年もどこ行ってたの、馬鹿!』 無線機から飛び出した怒鳴り声は、地下坑道の硬い壁にまで反響したような気がした。 神崎蓮は受話器を握ったまま、しばらく何も言えなかった。 声そのものは、記憶にある高校生の妹とは少し違う。七年という時間を重ねた分だけ落ち着きがあり、低くもなっている。それでも、怒る時に最初の言葉だけ一気に吐き出し、その後で自分が何を言うつもりだったのか見失う癖は昔のままだった。 人工的に作られた声を、蓮は一度聞いている。 AIは家族の情報を持っている。 美咲に似せた人型の囮まで作った。 だから、声を聞いた瞬間に「間違いなく妹だ」と思ってしまう自分を、蓮は無理やり押さえた。「……美咲?」『だから誰なのって聞いてるの! 今、自分で蓮兄って言ったでしょうが!』「いや、そうなんだけど」『何が「そうなんだけど」よ! 七年よ、七年! こっちは生きてるか死んでるかも分からないまま探して、ようやく帰ってきたって噂を聞いたと思ったら、AIが家族の声を使って罠を張ってくるし、兄貴らしい人が東京で魔法使ってるとか意味分からない話まで流れてくるし、私がどんな気持ちだったと思ってるの!』 蓮は思わず受話器を少し耳から離した。 高城が横で、小さく笑っている。 冬真も、いかにも興味深そうな顔で会話を聞いていた。「元気そうだな」 冬真が小声で言う。「うるさい」『何? 今、誰かいるの?』「いる。結構いる」『じゃあ全員聞いてるの!?』「たぶん」 通信の向こうが数秒だけ静かになった。『最悪』 今度は声が小さかった。 

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    第37話 勇者と魔王 夜が明ける少し前、山の冷気は昨日よりも強くなっていた。 簡易野営地では、まだ空が青くなる前から人が動き始めている。焚き火は目立つため最小限に抑えられ、温めた水を金属製のカップへ分ける程度しかできなかった。蓮は固い保存パンを口へ押し込みながら、何度目になるか分からない地図を見ていた。 北側坑道。 医療保管区画。 父と母がいる場所。 その外側には、美咲を名乗る短い信号が出た地点もある。 昨日までは、それらを見るだけで身体が先に動きそうになっていた。 今朝は違った。 早く行きたい気持ちは何も変わっていない。それでも、地図を確認し、食事を取り、魔力を整え、剣の状態を確かめることができている。「ずいぶん大人しくなったな」 すぐ隣で同じように保存食を食べていた冬真が言った。 蓮は顔を上げる。「何、その言い方」「昨日までなら、夜明け前に一人で坑道へ向かっていてもおかしくなかった」「俺を何だと思ってるんだよ」「だから、家族が絡むと判断が雑になる男だと言ってる」「それ、もう何回目?」「直るまで言う」 蓮は苦笑しながらパンを噛んだ。「昨日、父さんに怒られたからな」「親の言うことは聞くのか」「高城よりは」「本人の前で言うなよ」 少し離れたところで装備を確認していた高城が、聞こえていたらしく顔を上げた。「聞こえてるぞ」「ほら」 冬真が笑う。「お前、意外と性格悪いな」「意外なのか?」「もう少し無口で怖い魔王だと思ってた」「そ

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    第35話 父の声 旧研究施設を出た共同捜索班は、日没までに旧山岳地下備蓄庫の北側坑道へ到達することを目標に、山道を急いでいた。 美咲が残した「明日、北側坑道から入る」という一文が、蓮の頭から離れない。その「明日」は今日であり、彼女が予定通りに動いているなら、すでに備蓄庫の近くまで進んでいる可能性が高い。父と母の最後の記録も同じ場所を指している以上、蓮にとっては一分でも惜しかった。 それでも、以前のように一人で先へ走ることはしなかった。 山岳地帯へ入ってから、AIの監視密度は明らかに上がっている。旧研究施設へ向かう途中で人工魔法型と交戦したばかりだというのに、上空では小型偵察機が何度か確認され、冬真側の斥候からは備蓄庫東側に重装型を含む大規模な機械部隊が集まっているという報告も入っていた。 急ぐことと、無茶をすることは違う。 頭では分かっている。 問題は、身体までそれを理解しているかどうかだった。「神崎、少し歩く速度が上がってるぞ」 後ろから高城に言われ、蓮は振り返った。「上げてないけど」「上がってる。最初より前の宮本との距離が縮んでる」 言われて確認すると、確かに先頭を歩く宮本との間隔がいつの間にか狭くなっていた。「……本当だ」「自覚して走るより、無意識のほうが危ない。速度を合わせろ」「分かった」 蓮が素直に歩幅を狭めると、横を歩いていた冬真が淡々と口を挟んだ。「いっそ腰に縄をつけておけば確実なんじゃないか」「犬じゃないんだからやめろよ」「勝手に走らなくなるなら合理的だ」「お前、本当に人を管理するの好きだな」「お前一人の事故防止から国家論へ広げるな」 少し後ろで聞いていた千尋が笑った。

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    第34話 魔王との共同戦線 翌朝六時前、東京側の共同捜索班は予定より少し早く東側合流点へ到着した。 神崎蓮が時間を守ったというだけで、高城宗一郎は妙に満足そうな顔をしていたが、本人としては褒められるようなことではないと思っている。九条冬真から「遅れるな」と念を押されたのが腹立たしく、意地でも相手より先に到着してやろうと考えた結果だった。「結局、九条に言われたから早く来たんだろ」 車両から装備を下ろしながら高城が言うと、蓮は露骨に嫌そうな顔をした。「違う。俺はもともと時間を守る人間だから」「昨日の夜、目覚ましを三回確認してた奴の台詞とは思えんな」「何で知ってるんだよ」「宮本から聞いた」 少し離れたところで荷物を確認していた宮本が、気まずそうにこちらを振り返った。「別に告げ口したわけじゃないですよ。蓮さんが『六時集合って、本当に六時でいいんだよな。五時五十分集合って意味じゃないよな』って何度も確認してたって話しただけで」「それ、ほぼ告げ口じゃん」「家族のことが絡んでるんですから、落ち着かないのは分かりますけどね」 美奈が救急用のバッグを肩へ掛けながら割って入る。「その代わり、今日は勝手に走らないでください。患者になる人を自分で増やされたら困ります」「先生まで母さんみたいなこと言い始めたな」「あなたが子供みたいなことばかりするからです」 そんなやり取りをしているところへ、前方の見張りに出ていた伊藤が戻ってきた。「来ました」 その一言で、空気が少し引き締まった。 東側道路の向こうから十数人の集団が歩いてくる。全員が同じ装備ではなく、銃を持つ者もいれば、弓に似た武器や長柄の武器を背負っている者もいた。その先頭には榊原千尋がおり、少し後ろを九条冬真が歩いている。 通信

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    第33話 美咲からの置き手紙 美咲の置き手紙が見つかった旧避難施設へ向かうことが正式に決まったのは、翌朝、まだ東の空が白み始めたばかりの時間だった。 前夜のうちに現場を確保した捜索班から周辺写真と簡易報告が届き、建物の近くに大型AI部隊が潜伏している可能性が低いことも確認されている。それでも高城は、夜明け前に先行班を一度走らせ、安全確認を終えてから蓮たちを出発させた。 以前の蓮なら、その慎重さを「遅い」としか思わなかったかもしれない。 今は必要な手順だと理解している。 理解していることと、焦らずにいられることは別だったが。「あとどれくらい?」 移動車両の後部座席から尋ねると、助手席の伊藤が振り返りもせずに答えた。「二十分くらいです。それ、さっきも聞きましたよ」「さっきは二十五分って言ってた」「五分走りましたからね」「そういうことを聞きたいわけじゃないんだけどな」「道が気を利かせて急に短くなることはありません」 隣に座っていた澪が、膝の上に置いた杖を軽く押さえながら笑った。「諦めなさい。何度聞いても到着時間は縮まらないわよ」「分かってるけど、三日前まで美咲がいたかもしれない場所なんだぞ。落ち着いて座ってろって言われるほうが無理だろ」「それは分かってる。でも、到着する前に車のドアを開けたりしないでね」「しないよ。俺を何だと思ってるんだ」 前の席から高城が即座に答えた。「妹の偽信号を見つけた途端、一人で突っ走って罠に飛び込んだ男だと思ってる」「まだ言う?」「まだ同じ癖が残っているうちは言う」「反省してるって。肩の傷が痛むたびに嫌でも思い出すんだから、もう十分だろ」「なら今回は大人しくしていろ」

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